主人公になりたかった話
はじめに
皆様お疲れ様です。智紋です。
今回の記事は特に悩みというわけでもなければ、自分語り全開の内容なので多くの人に見ていただかなくても全く問題ありません。
……むしろひねくれた男の後ろ向きな話になりますので、読んでスッキリする!なんてことはまずありません。
読んでいる途中で少しでも貴方の精神衛生が害される予感がした場合は即座にブラウザバックしていただけると幸いです。
智紋の口癖について、「お前何なの」「どうしたいの?」という方への説明としてこの場で少しばかり詳しくお話ししようと思います。
「主人公になりたい」
これが私、智紋の口癖です。
不定期的に「主人公になりたい」とだけド深夜帯のTLにツイートを垂れ流すこともあり、目にしたことがある方も何人かはいらっしゃると思いますが、実はリアルでも呟く独り言の2割はこれです。
ツイートを鬱陶しいと思っていた方には正直申し訳ないと思います。
19にもなろうかという大の大人がガキみたいなこと言ってんなよ現実見ろや、という感想は正しいでしょう。
でも私は主人公になりたいんです。
だいたい主人公ってなんだよ
誰もがその人の人生における主人公だろ、といった旨のお言葉を以前からいただいております。
その主張自体は私自身納得しております。その通りで、「私」という人生において主人公は私以外の何者にも務まらないでしょうね。
でも私にとって「主人公」とは”クソかっけぇヤツ”の意なんです。
私にとって主人公っていうのは貴い存在なんです。
メインキャラクターってだけで「主人公」冠するほど簡単じゃないんです。
こんな中身の無い”物語”の主人公を名乗ってもしょうがない、主人公を名乗るからには名作でなければ意味は無い!
……という、ひねくれた理想が私を主人公という概念に縛り付けています。
なんでそんなに主人公になりたいんだよ
かっこいいからです。
自分をかっこいいやつだと思ってみたいからです。
私は何故か、いつも聡明・優秀なかっこいい人達に囲まれています。それは今のネット界隈然り、これまでのリアル然りです。
優秀な周囲に頼ることしか出来た試しが無い人生なんです。
誰かに頼られるような、かっこいいやつに自分もなってみたいんです。
自分が望む自分になって、自分を認めてみたいからです。
口だけ達者で自分が望む自分になるための尽力をしてこなかったつもりはありません。
しかし主観的にはどれだけ踏ん張ったつもりでも、結果に現れなかった限り、それを「努力」と呼んで認めることはできません。
結果を出して自分を許してみたいんです。
……自分は出来損ないで終らないと思いたいからです。
先程「いつも聡明・優秀なかっこいい人達に囲まれています」と言っていますが、本当にこれまでの人生そんな環境なんです。
私は最高の両親に恵まれました。私に教え、私に考えさせ、私を褒め、私を叱り、私を私として認めてくれる一番の存在でした。
なんとなく入った地元の高校には勉学に全力なヤツしかいませんでした。そのくせ人間が出来てて、こんな自分にも優しく接してくれる人がほとんどでした。
自分が居る界隈は言うまでもなく、妙妙たる人しかいません。知識、観点、企画、行動力、編集力、拡散力……誰もが何かしらに秀でていて、私の出る幕などどこにもありません。
そんな人生を送っていれば
”優秀な人間が多いのではなく自分が無能なだけなのでは”という可能性に行き当たらざるを得ないじゃないですか。
カッコいい人達は、同時に怖い人達でもあります。自分の完全上位互換は容易く自分の存在を否定します。
自分の無能さを痛感する瞬間ほど耐えがたい苦痛はありません。
だから私は主人公になりたい。
ならないと私は私に意義を見出せないんです。
現実を見ろ
もしここまで読んでいただけているなら、
「人生そんなもん」というのがまあ普通の反応でしょうね。
腐るほど居る自分より有能な人間に絶望したって何も変わらないし、無能なりに這いつくばる人生も悪くはない結果になるかもしれないだろ、と言われるであろうことはわかっています。
……地に足つけて巧く生きたいな。